『自分を知るための哲学入門』竹田青嗣(ちくま学芸文庫)
前半では、筆者の青年時代の挫折経験から文学と哲学、とくにフッサールの現象学に出会い独学で学んだ経緯と、哲学が自身の思想の経験としてどんな意義があったのかを述べる。後半では、アリストテレスやデカルト、ヘーゲルへの批判に見られるような現象学を中心とした筆者独自の観点によってギリシャ哲学から現代哲学までの哲学の流れを概観する。そして、現代思想の相対主義、アンチヒューマニズム、不可知論といった問題を指摘し、特に現象学と実存哲学にある人間が豊かな生を生きるための言語ゲームとしての哲学の価値を提示する。
『現代思想の冒険』竹田青嗣(ちくま学芸文庫)
筆者はまず、思想や哲学を学ぶこと持つことの意義を「世界像を持つこと」ととしてその意味を世界について考え価値の関係像を作り、またそれを編みかえることだとする。(序)次に、資本主義体制を批判し、理想的な共産主義社会を実現することを目指すための革命の必要を訴えたマルクス主義の戦後世界における挫折とそのインパクトそ振り返る。(1章)マルクス主義崩壊やモダニズムへの不審の状況を反映する現在、流行の思想である構造主義とポスト構造主義、ポスト・モダニズムの内容や主張を丁寧に整理し、独自の観点から価値の差異の体系の認識の限界、言語や思想自体への懐疑、社会改革の不可能性といったそれらの問題点を指摘する。(2章)現代思想の批判対象であるデカルトからヘーゲル、マルクスまでの近代哲学を概観し、その功績と一方での主観/客観の一致に対する解決方法、理性中心主義といった問題について考える。(3章)反=ヘーゲルの思想であり、現代思想のルーツとなったキルケゴールの実存思想とニーチェの反形而上学について述べる。(4章)主観/客観の認識問題を別の角度から解決し、新たな真理概念や言語による了解の可能性を示すフッサールの現象学について説明する。(5章)フッサールの現象学を継承し、世界の中での個人の実存の問題としての哲学を展開したハイデッガーの実存論を解説する。(6章)フッサールやハイデッガー、バタイユの思想を敷衍して独自の欲望論、エロス論の構想を述べる。(終章)
『翔太と猫のインサイトの夏休み 哲学的諸問題へのいさない』永井均(ちくま学芸文庫)
夏休みの中学生・翔太と心の中を見通す猫のインサイトが哲学の教師となって対話というわかりやすい形で具体的な例や思考実験、哲学の概念や哲学説を紹介しながら、様々な哲学のアポリアについての議論をする中学生・高校生向けの哲学の本。「世界の実在」「他我の存在」「善悪の判断」「自由意志と人生の意味」など哲学の代表的なアポリアについて深い思考力と洞察力で高いレヴェルの議論がやさしい言葉で行われる。
「第一章 いまが夢じゃないって証拠はあるのか」では、「培養液の中の脳」の思考実験をきっかけにして、(睡眠中に見る)夢と現実の違いから、実在的世界の認識、客観的真実の存在、実在論と非実在論の対立と懐疑論の問題を議論する。そして、その対立を超える真理の規準の問題、実在と非実在を抱合する自然かつ超越的な視点の考え方を示す。
「第二章 たくさんの人間の中に自分という特別なものがいるとは」では、翔太の見たクラスメートたちがロボットで自分もロボットだったという夢を土台にして、他者の感覚や感情の実在の問題と感覚の共同性と相違性の問題を取り上げる。それらを他我問題や他者の存在の問題につなげ、細部のない可能世界ではなく、現実に起こった現実世界を共有する連続した時空にいる他者は実在するという。空間的に独立して存在し時間を生きる奇跡的な自分もいて、同じ時空を生きる「他人の自分」も現実世界をそれぞれの世界として生きている。
「第三章 さまざまな可能性の中でこれが正しいといえる根拠はあるのか」では、善悪の判断や道徳に絶対的な根拠はなく行為や歴史、言語使用の中でつくられることが述べられる。多数派の意見によって正しさの絶対性と客観性がつくられるが、正しいことが正しくなるように歴史はすすんできた。また、行為の中で妥当性が生まれ理性が形成され、合理性や「チャリティ原則」によって正しいということはつくられてきた。そして、言葉の意味の意味を問うことはできない、意味は言葉を使っていることの中で示される。
「第四章 自分がいまここに存在していることに意味はあるのか」では意志と欲望や人生の意味の問題について述べる。意志と欲望の振り分けに根拠はなく入れ替わりが可能であり区別もなく、自己意志は現実の行為の一つの状況でしかない。また、死は死んでいる状態が恐怖なのではなく、もう生きられないことに対する恐怖である。自分の死は、死んでいく人間たちの一つの死に過ぎないが、同時にひとつの世界そのものの消滅で他者と交換することはできない。生も死も結局は現実である。だから、存在は奇跡であり、どんな理由も因果性も及ばない。なので、人生に意味はなく、意味がないということが人生の輝きであり、人生に味わいを与えるものである。
というように、本書では、哲学の定義や意味の解説・哲学史紹介ではなく哲学的議論そのものが書かれている。中学生と高校生に向けられて書かれた本だが、やさしい表現で哲学を含めた一般・常識(コモンセンス)的な思考をひっくり返す議論、あるいはとくに三章に見られるように非常に「常識的・合理的な」議論を行い、様々な哲学説の矛盾や問題を超える地点や哲学の答えあるいは答えのない答えにまで議論が及んでいる。表紙の印象とは違って、中高生だけではなく、大人や哲学科の学生にも勧めることができる高度な哲学書である。
『人生論ノート』三木清(角川ソフィア文庫)
幸福や懐疑、習慣、虚栄、人間の条件、孤独、利己主義、健康、秩序、感傷、娯楽、希望、旅など様々なテーマについて、考察と批判、虚無や矛盾の認識によって人生のあり方や意味とは何か、現代人はいかによく生きるべきかを表す哲学倫理学エッセイ集。この本は太平洋戦争直前の1938年から1940年にかけて書かれ、それだからこそ、善きことや現代的生活への冷静だが強い意志が溢れている。記述は容易ではないが、何度も読み返し、理解を深め、考え続けることによって批判を含めた生涯の糧や指針となる名著であり100版以上を重ねるロングセラー。付属する「語られざる哲学」は、若き筆者が語られざる哲学=懺悔によって自らの生活や学問に対する態度の中の傲慢や虚栄心、利己心を徹底的に批判・反省し、真理を尊重する謙虚で剛健な哲学者として生きる決意を示す。
『反哲学史』木田元(講談社学術文庫)
ニーチェとハイデッガーの「反哲学」の視点からフォアソクラティカからニーチェまでの哲学という知の構築物、特にソクラテス、デカルト、ヘーゲルを批判的に見直した哲学史の新定番。
『現代の哲学』木田元(講談社学術文庫)
ニーチェの「神は死んだ」とした世界の価値体系の崩壊を起点とする現象学、実存主義、構造主義、ヒューマニズムなどの紹介と考察。
『ガイドブック 哲学の基礎の基礎 「ほんとうの自分」とは何なのだろう』小坂修平(講談社プラスアルファ文庫)
『そうだったのか現代思想 ニーチェからフーコーまで』小坂修平(談社+α文庫)
『集中講義 これが哲学!いまを生き抜く思考のレッスン』西研(河出文庫)
『哲学入門』カール・ヤスパース(新潮文庫)
『哲学入門』バートランド・ラッセル(ちくま学芸文庫)
『方法序説』ルネ・デカルト(岩波文庫、ちくま学芸文庫)
デカルトの知的自伝であり、ラテン語ではなく口語であるフランス語で、一般の読者のために書かれた哲学入門書。第1部では、学生時代の経験から理性に基づいた確実な真理を求める哲学を学ぶ意志を持ち、書物の学問を捨て世界から学ぶため旅に出る決意をした過程を述べる。第2部では、ドイツの炉部屋に滞在している時に発見した4つの真理発見ための規則について述べる。第3部では現実の世界を生きる3つの道徳規準について述べ、旅を終え、オランダの都市に隠れ住み哲学に本格的に取り掛かると述べる。第4部は、後に『省察』で詳細に記述される、「ワレ惟ウ、故ニ我アリ」で有名なコギト命題とそこから導かれる神の存在証明と形而上学について述べる。第5部では、デカルトの構想する物理学、天体学、光学、生物学について簡単に記述する。(当時は理学・工学・医学などは哲学の一部や発展形。)第6部では、ガリレオ事件に対するリアクションとして哲学と科学的研究の真理性と正当性について述べる。
近代哲学の原点であり、哲学の基礎的思考法やもっとも優れた哲学者のその哲学の内容をコンパクトに知ることができる入門書にして哲学史上の名著。本文は全体で100ページ、重要な1部から4部までで約50ページなので初学者でも一冊を読み通すことができる。毎年、哲学を学び始める哲学科や文学部の学生が購入するので、日本で最も売れている哲学の本でもある。
『デカルト『方法序説』を読む』谷川多佳子(岩波現代文庫)
『パスカル『パンセ』を楽しむ 名句案内40章』山上浩嗣(講談社学術文庫)
パスカルと『パンセ』の哲学が様々なテーマによって分類され、数学的思考や生活法から神学や生死の思想まで『パンセ』の思想が筆者によって分析・解釈され、見事に再構成されている。
『道徳は復讐である ニーチェのルサンチマンの哲学』永井均(河出文庫)
ニーチェの道徳思想、特に奴隷道徳やニヒリズム、ルサンチマンとその思想の意義について論じる。
『ハイデガー 存在の歴史』髙田珠樹(講談社学術文庫)
『ハンナ・アレント』川崎修(講談社学術文庫)
『こどもたちに語るポストモダン』ジャン=フランソワ・リオタール(ちくま学芸文庫)
『生の短さについて』セネカ(岩波文庫)、『人生の短さについて』セネカ(光文社古典新訳文庫)
「生の短さについて」は、仕事や享楽に忙殺されず、哲学と徳を大切にし、欲望を制御し生命ををよく活用するなら人生は長いとする。「心の平静について」は、欲望、猜疑心、未練や嫉妬に悩まされず心を平静に保つには、どんなことにも執着せず、必要以上の多くの財産や金銭を持たず、無理な栄誉や達成を求めず、程よい中庸な生活を送り自分を信頼することが大切だとする。「幸福な生について」は、幸福な生とは、自らの自然の本性に合致した生であり、どこまでも快楽を求めるのではなく、理性と徳によって自分のもっているものを受け入れ満ち足りた喜びを感じる生であるとする。最高善とは精神の調和である。(光文社古典新訳文庫版は、「幸福な生について」ではなく「母ヘルウィアへのなぐさめ」が収録されています。
ヨーロッパの教養の基礎となる本ですが、論文というよりは友人への書簡というかたちで書かれていて読みやすく、現代でも役に立つ実践的な考え方や教訓がたくさん詰まった名著です。
『快楽主義の哲学』澁澤龍彦(文春文庫)
エピクロスの快楽主義をベースにして、ストア派の禁欲主義やダンディズム、サディズムも取り込んで孤高の隠者・精神の貴族として自らの快楽を追い求める快楽主義を積極的・煽動的に肯定する。そして、現代日本の商業主義的・大衆的・レジャー的な快楽のあり方を批判する。
『倫理学入門』宇都宮芳明(ちくま学芸文庫)
『幸福について』アルトゥール・ショーペンハウアー(光文社古典新訳文庫、新潮文庫)
『余録と補遺』の中の一冊であり、『意志と表象としての世界』の「私たちの認識する世界は、表象による単なる現象界でしかない。」「生の意志は欲求を持つが、その欲求は常に満足することができず人生には常に苦が存在する。」という認識論と倫理、生の哲学の思想を一般の読者向けに実践論として著した幸福論・人生論。ペシミズム(厭世主義、最悪主義)によって却って、苦悩と偶然に満ちた世界の中で、人はできる限り苦痛を避け、他者からのイメージや表象=名誉や地位ではなく、第一に本質的に価値あるもの=健康、力、美、気質、徳性、知性、それらを磨くことを含む品格、人柄、個性、人間性、第二に所有物と財産を大切にし、自身の内面の幸福を重視して合理的に消極的に快適に安全に生きるべきだとする。
『幸福論』アラン(集英社文庫、岩波文庫、角川ソフィア文庫)
リセの哲学教授が新聞に連載したプロポ(3ページほどの短いエッセ)の幸福に関するものをまとめたもの。その内容は不幸や不条理、運命、内科的な病気や精神病も考え方やマインドセットで解決してしまうという驚くほどのオプティミズム(楽観論)、精神論(メンタリズム)、常識(コモン・ノウリッジ)論でありパッシヴな運命論、プラグマティズム、結果論である。私にはその本の全体的な主張や思想の意味はわかるが、賛成することはできない。しかし、それらを十分に言語化し受け入れること、それに対して思考する対象としてその意味や効用についてさらに深く考察している部分があること、行動や実践の効用にこの本を読む意味があると私は思う。アランの『幸福論』はフランスと日本でしか読まれていない。オプティミズム、パッシブなメンタリズム、寛容の思想が特にプロテスタント国で受け入れられないためだと思う。
『人生論』レフ・トルストイ(新潮文庫)
生命を哲学的にその本質を問うことから始まる生命(life, la vie)論としての人生論。動物の生命と人間の生命の理解と対比からトルストイは人間の生が時間と空間に規定されずそれらを超越する集合的歴史的なもので「世界に対する関係」だと考える。人間の理性的意識をよく用いて快楽の欺瞞と死に対する恐怖を退け、愛という人間の唯一の理性的活動によってあらゆる人が他者を愛し他者の幸福のために生きることが真の幸福である。
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