72歳の哲学者が若者へ向けて様々な哲学の考え方や問題を入門編として紹介する。
「第1章 生きる意味」では、自分中心の視点だけではなく人間全体、地球全体がどうなっていくべきかを考えて生きていくべきであり、それは自分の生き方にも関わるとする。また、生きる意欲が欲望にふりまわされてはならず、長い意味での人生の目標と生きがいによって達成する幸福についてよく考えて生きていくべきだとする。
「第2章「よく生きる」とは」では、ソクラテスを紹介し、富や地位でなく、プシュケー(魂)がよくある状態が「よく生きる」だという思想を述べる。次に、望ましいルールの蓄積と内面化によって「良い/悪い」という観念が生じ、利己と利他、行動の制限と他者への尊重のはざまで倫理が生じるとする。
「第3章 自己とは何か」では、いま自己が生きていることの不思議を指摘し、感情や思考、記憶の同一性であるアイデンティティによって自己は存在するとする。また、心脳問題を取り上げ、心は単に脳内の現象なのか、外部の世界や身体の反応の統合として存在するのか、という議論を紹介する。
「第4章 生と死」では、まず、生命には生物の一つの命、生気、生命体システムなど様々な定義があること、生きることは不可逆な死に向かうプロセスであることを説明する。また、死について人間はそれを直接知ることができないことが最大の問題であるが、「二人称の死」に遭遇し、そこから学ぶことで生の密度を上げることで死を意味あるものにすることができるとする。そして、「生きることに意味はない」というニヒリズムを完全に否定することはできないが、人生を意味あるものにしようとする意志を持って生き続けること、またある時は「小さな自己」によって日々の何気ない営みに生きる意味を感じ、ゆっくりと生きることで時間に身をゆだね自己を解放することが大切だとする。
「第5章 真理を探求する」では、ベーコンの4つのイドラ、帰納法と演繹法を紹介し論理的方法によって真理を見出すことの大切さを述べる。
「第6章 ほんとうにあるもの」では、まず、ものの「現象」と「実在」の問題について考えたプラトンのイデア論と古代原子論を紹介した後で、科学的認識論では客観的な「外部世界」と主観的な「意識」が分かれ、後者が二次的なものにされてしまうという問題を指摘する。しかし、私たちのリアリティでは「もの」それ自体と現象は分けられない、この二つが結びつき作られる経験が生きる意味や意欲を与え、物事に豊かな「表情」を生み出す。そして、私たちは様々なものに意味づけをしながら物の世界にも意味の世界にも生きている物と意味の「二重世界内存在」であるという。
「第7章 言葉とは何か」では、ソシュール言語学をベースにして言語の性質を説明する。言語はコミュケーションを可能にするシステムであり、言葉は物事を文節する鋳型だが、意味の喚起機能や詩歌のように「こと」の世界を切り開く可能性を持っている。
以上のように、本書では様々な哲学あるいは倫理学の領域の知見や問題が紹介されている。哲学や倫理の根源的問題に深く書かれてはいないし、考えた後の問題や疑問に対する答えや結論は書かれていないものが多く、また著者はできる限り断定を避け、読者に哲学の学説や自身の意見を押し付けはしない。内容は実践的・現実的だが抽象的で難解ではないので深いものではない、しかし、哲学を学ぶこと哲学によって思考することの面白さや意義を哲学と倫理に対する熱意によって教えてくれるよき入門書である。
また、自分や家族だけでなく、すべての人がさまざまな可能性をもっていることに思いを馳せます。彼らもまた自分の可能性を発展させ、社会のなかで実現したいと願っています。ここから出発して、わたしたちはこれまでも、自分の周りにいる人だけでなく、すべての人をかけがえのない存在とみなし、お互いに尊重しあおうと考えてきました(中略)。この気持ちが倫理の基礎にあると考えることができます。(p.45)
「二人称の死」を通してわたしたちが学ぶことの一つは、自分の生に限界があるということです。そしてそれはわたしたちの生に大きな影響を与えます。わたしたちの生の「密度」が変わると言ってもよいかもしれません。(後略)
「密度」が濃くなるというのは、この一瞬一瞬がかけがえのないものとして感じられるようになるということです。自分の生をできるかぎり、意義のあるものにしたいという気持ちが強くなってきます。いままでのように時間をむだに使うのではなく、かぎられた時間をむだに使うのではなく、かぎられた時間を自分のために、あるいは人のために役立つことに使いたいと考えるようになります。(p.88-89)
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商品詳細
はじめての哲学
藤田正勝
岩波書店、東京、2021年6月22日
202ページ、902円
ISBN 978-4005009350
目次
- はじめに
- 第1章 生きる意味
- 第2章 「よく生きる」とは
- 第3章 自己とは何か
- 第4章 生と死
- 第5章 真理を探求する
- 第6章 ほんとうにあるもの
- 第7章 言葉とは何か
- 読書案内
- あとがき