そういったカルチャーとしての特徴を持つテクノ・シーンは、情報メディアを用いた独特の情報発信のあり方を通してシーンが形成され維持されている。
テクノやクラブ・ミュージックとパーティーの情報は、テレビでは全く入手できないし、現在では、FMラジオでも情報が流れることはない。テクノ・シーンのパーティーの主な情報源となるメディアは、フライヤー、クラブ・ミュージック専門の雑誌、インターネットなどである。
フライヤーというのは、パーティーの情報を伝えるための小さなチラシのことである。フライヤーは、クラブやその周辺のレコード店、洋服のショップ、カフェ等に置かれている。(図7-1)フライヤーが最もクラバーたちの手に渡るのは、パーティーの帰りにフライヤーを入手する時だろう。クラブには、その時から1ヶ月から2ヶ月先に開催が予定されているパーティーのフライヤーがエントランス付近やバーの周辺の専用のコーナーに置かれている。あるクラブのパーティーのフライヤーが他のクラブに置かれる場合は周辺の同じ地区のクラブには置かれずに、競合しない違った地区のクラブ関係者やオーガナイザーがコネクションのあるクラブに置かれる。パーティーの帰りには、出口でクラブのスタッフが2ヶ月先ほどの開催が予定されているパーティーのフライヤー10枚から20枚ほどとマンスリー・スケジュールをビニール袋に入れたものを配っている。レジデント・パーティーの場合は、次回のそのレジデント・パーティーのフライヤーをそのパーティーのスタッフが配っていることもある。また、パーティーから帰るクラバーに情報を告知することを目当てにその日のパーティーとは全く別の同一ジャンルのパーティーの関係者が路上でフライヤーを配っているということもある。
フライヤーはパーティーの情報を伝えるための最も重要な広告の方法であるため、少し厚手の上質の紙を用い、グラフィック・デザインや形に趣向を凝らした物も多い。(図7-2)一方で、フライヤーに掲載される情報は、開催されるクラブと、パーティーの日時、エントランス・フィー、出演するDJやライヴ・アクト、ゲストDJやライヴ・アクトの簡単やプロフィールや紹介、パーティーのコンセプトだけである。音楽ジャンルが明確に記載されていないことが多く、パーティーでのマナーや注意事項は全く記載されていない。フライヤーの情報を読みとるにはある程度の予備知識や慣れがひつようであり、フライヤーには初心者に対しての詳細で親切な情報が記述されているわけではない。フライヤーは主にパーティーやクラブへのリピーターの獲得を目的に配られている。
フライヤーに準ずる物に、そのクラブのパーティーの月刊の情報を記述したクラブが発行するマンスリー・スケジュールというものがある。マンスリー・スケジュールには、その月に開催されるパーティーの情報がジャンルを問わずに日付順で掲載されている。マンスリー・スケジュールと同等のものとして大きなクラブでは、ミニコミ紙のような小さな情報誌を発行している。
また、規模の大きなパーティーでは、フライヤーと同一デザインのポスターが制作され、クラブやレコード店に掲示されている。
フライヤーとは別にパーティーの情報を知る手段が『remix』や『GROOVE』などのクラブ・ミュージック専門の雑誌である。それは、インターネットが普及する以前では、クラブやレコード店に直接、赴かずにパーティー情報を入手する唯一の手段だった。クラブ雑誌の「パーティー・インフォメーション」のコーナーには東京や大阪といった地域ごとに、日付順に、パーティーの名称と開催されるクラブ、出演するDJという最低限のパーティー情報のみがジャンル分けされず一覧となって掲載されている。以前は、3ページにびっしりと情報が掲載されていたが、現在は実質1ページほどのスペースに、東京の規模の大きなパーティーの情報が掲載されているだけである。インターネットの普及により現在では雑誌のパーティー情報はあまり活用されていないというのが実情である。
現在、パーティーの情報の発信源として最も重要になっているのがインターネットである。現在、都内の主要なクラブはホームページを必ず制作している。ホームページはフライヤーと同等かそれ以上に重要な情報源であるので、かなりの制作費をかけてフラッシュなどのテクノロジーを用いたウェブデザインにこだわったものが制作されている。ホームページには、一ヶ月から二ヶ月先までのパーティーのスケジュール、そのクラブのマップやコンセプト、ヒストリー、これまで出演したDJやアーティストのデータベース、DJやアーティストのインタヴュー等の情報が掲載されている。スケジュールには、個々のパーティーのフライヤーと同等の情報やフライヤーのグラフィックス、DJやアーティストの写真が掲載されていて、そのページのプリントアウトにより、フライヤーと同等の割引が受けられる。
また、DJやアーティストの運営する個人ホームページでも、そのDJのスケジュールを入手することができ、レコード・レーベルのホームページでも所属アーティストのDJのスケジュールやレーベルが開催するパーティーの情報を知ることができる。
大きなクラブやレーベルはメールマガジンを発行していて、それらによって受動的・自動的にパーティーの情報を知ることもできる。メールマガジンもHTMLメールで制作された凝ったデザインのものが多い。
テクノ・シーンはこういったメディアを使用し、パーティーの情報発信をすることでシーンが維持されている。フライヤーは広範囲での波及効果はないが、ローカルな範囲でクラブへのリピーター、それにレコード店に通うテクノのリスナー、クラブの周辺のカフェや洋服ショップなどに集まるクラブへの来店の可能性のある若者に効果的に情報を伝える。インターネットは、郊外や遠隔地に住むクラバーが、クラブの周辺の街に来なくても雑誌を買わなくても、容易にパーティーの情報にアクセスできる、ということを可能にした。
そして、またインターネットによる情報発信は、東京とその周辺地域というローカルなシーンを形成させるだけではなく、国境を越えたグローバルなシーンも形成させる。湯山玲子は、こうしたクラブ・シーンのグローバルなあり方について以下のように述べている。「八十年代後半以降、インターネットと格安航空券によって推進された、移動とネットワークの大変化、グローバリゼーションの欲求は、クラブカルチャーの推進力となった。DJバック一つを手に、世界中のクラブを行き来するDJたちのライフスタイルは、「世界を舞台に活動したい」という若者に偏在する夢の実現であり、クラブミュージックで踊ることは、そのまま世界のユースカルチャーとダイレクトに繋がっている証となる。」[湯山、2005:13]「たとえば私のパソコンのメールボックスには、ロンドン、シェフィールド、バーミンガム、ノッティンガム、香港、ニューヨーク、北京、韓国、シンガポール、ニューヨーク、アムステルダムまどから、クラブのインフォメーションやCDリリースの案内が定期的に届く。その中にお目当てのパーティが見つかり、インターネットで出物の航空券があって、なおかつ時間の都合がつけば、一週間後の週末に、私がニューヨークのクラブで踊っている可能性は充分にあるということである。」[同:13-14]湯山の言うように、東京に住んでいるなら、福岡や北海道のクラブ・シーンよりも香港やニューヨークのクラブ・シーンの方が情報の入手が容易で心理的な距離も近いということがテクノ・シーンではあり得る。
その一方で、インターネット普及以前にもテクノ・シーンは、グローバルに国境を越えて形成されてきた。例えば、日本人アーティスト/DJのケン・イシイは、ベルギーのR&Sというレーベルからのデビューをきっかけにシーンに登場してきた逆輸入アーティストである。DJのシン・ニシムラは上海でのDJ活動をきっかけに現在の東京での音楽活動を行っている。テクノ・シーンでは、世界中のレーベルからレコードがリリースされ、世界中のアーティストがその楽曲を制作している。そして、そのレコード・レーベルがある国とアーティストの国籍が同一ではないことも多い。世界中のレコード店でDJやファンは、レーベルやアーティストの国籍を意識せずにそのレコードを購入しているという状況がある。そこから考えても「ナショナル」という単位での音楽シーンは想定されていないし、実際に形成されていない。
テクノ・シーンの情報発信のあり方は、予備知識の無い者やシーンの外部の者に対して排他的だが、情報を能動的に求めるなら誰にでもアクセス可能だという特徴を持つ。ローカルな実際の活動とグローバルな情報発信がクラブという結節点で、世界中なインディペンデントなレーベルによるリリースされるレコードがDJとレコード店という結節点で結びつく。テクノ・シーンは「ナショナル」という単位で編成されるのではなく、グローバルなものとローカルなものが接続され形成されているという特徴を持っている。