2.クラブという空間

クラブとは、ディスコから発展したあるいは転換した、ほとんどの場合夜間にオールナイトでDJが音楽を流し、そこに集まった客が踊る店舗のことである。クラブは、風営法上は「飲食店」であり、「アルコール類を売って客がそれを飲む場所で、付随的な要素として音楽も流れている」ということになっている。
主要なクラブは、主に渋谷や代官山、青山、六本木、難波などの都市の繁華街や裏通りの地下やビルの中、もしくはベイエリアに店を構えている。福岡や広島、仙台など地方都市にもそれぞれ数件、大きなクラブは存在する。一方で、バーにDJブースや小規模な音響装置が備えられていて、主にアマチュアのDJが有志で無償でプレイを行う「DJバー」という形態の店舗が、東京では吉祥寺や下北沢、三軒茶屋などの大都市近郊の音楽のサブ・カルチャーが発信・受容されている街で近年、増加している。また、同様に吉祥寺や下北沢などでは、DJブースが備えられているカフェもいくつか存在する。
クラブは、ダンスフロアが立方形の空間であること、それにフロアはサウンドを鳴らすための装置であるという意識からなのか「ハコ」と呼ばれる。「大バコ」と小さなハコでは、大群衆の中で踊るかということ、サウンド(音響)の体感や用いられる音楽の傾向などにより雰囲気がかなり異なり、クラバーの傾向も多少異なる。都心やベイエリアのクラブと郊外や地方のクラブ、大バコと小さなクラブでは経済的規模に差があり、ステータスを持ったDJでないと都心の大バコではプレイできない。
クラブでのパーティーにはいくつかの形態が存在する。まずは、「レギュラー・パーティー」という形態のもので、特定の名称を持ち毎月や隔月、特定のクラブで特定のジャンル、サブ・ジャンルの音楽で定期的に開催されるパーティーのことである。ほとんどの場合、レジデントDJという毎回出演するレジュラーのDJがいて、そのDJがオーガナイザー(主にパーティーへ呼ぶDJを選別し招聘のための手配を行う職業の者。パーティーのコンセプトや予算、フライヤーの発注、広報活動などパーティーの運営全般を取り仕切ることも多い。)を務め、パーティーのコンセプトをつくっていることも多い。レギュラー・パーティーのメインとなるのは、通常、ゲストDJというオーガナイザーによって呼ばれた著名なDJやライヴ・アクト(DJではなく、シンセサイザーやコンピュータを用いて、オリジナルの楽曲の“生演奏”を行うアーティスト)である。そういった特に海外の著名なDJやアーティストが日本や世界のクラブを回って行うパーティー郡を「ツアー」と称することもある。そういった著名なDJやアーティストが主催するパーティーは「レジデント・パーティー」と呼ばれることがある。次に、毎年大晦日から元旦にかけて行われる「ニュー・イヤー・パーティー」やクラブの創立記念日に行われる「アニウ゛ァーサリー・パーティー」、クラブの閉店を惜しんで開催される「ラスト・パーティー」という形態がある。そういったスペシャルなパーティーでは、そのクラブの各レギュラー・パーティーのレジデントDJとそのクラブにゆかりのある大物DJが集結して、サブ・ジャンルやジャンルを越えて、ノンジャンルでお祭り騒ぎ的なパーティーを行う。その他に、特定の名称を持ちレジデントDJがコンセプトをつくるパーティーを不定期に様々なクラブで行うという形態、クラブ側がプロデュースしてクルーザーや外部の巨大なホールを借りて行うパーティー、単発で行うパーティーもある。その他に、クラブでの“パーティー”を発展させたものに、野外やスタジアム、巨大なイウ゛ェント・ホールで開催される「レイヴ」というものがある。
一般的なクラブの入場料は、平日のパーティーでは2000円から3000円でワンドリンク付きである。週末のパーティーは、3500円前後である。大バコで大物のDJが出演するツアーやレジデント・パーティー、それにニューイヤー・パーティーやアニウ゛ァーサリー・パーティーは、4000円から5000円で、フライヤー(パーティーの情報のチラシ)やクラブのWebページのプリントの提示による500円ほどの割引やドリンクの付属もない。
クラブのフロアでは、22〜23時の開店から5〜8時の閉店まで、DJによって常に途切れずに大音量で“音楽”が鳴り響いている。クラバーは、ラウンジやバー、フロアの隅でドリンクを飲んだり会話したりといったかたちで休憩を取りながら一晩をクラブで踊り明かす。(図2 以下、表記が無い場合は写真は筆者撮影)ドリンクは、一般のバーと同じように様々なものを出してもらえるが、多く飲まれるのは、クラブの雰囲気に合う軽いカクテルであり、具体的にはジントニックやスクリュードライバー、カシスソーダなどである。アルコールは、ダンスをするための気分を盛り上げるが、クラブという施設とそこを訪れることの中心的な要素ではない。“音楽”がアルコールやドラッグのかわりとなるからだ。また、車で来ていてアルコールを飲めないクラバーが多いからだろうか、自販機で売っているミネラル・ウォーターが必ず早い時間に売り切れる。
ダンスフロアは暗く、照明エンジニアによって様々な照明技巧が凝らされ、VJ(ヴィデオ・ジョッキー、ヴィデオデッキやヴィデオミキサー、コンピューターなどの映像機器を操作し、スクリーンやディスプレイに映し出された映像を“音楽”に合わせてリアル・タイムに“プレイ”する職業。)によりリアル・タイムで映像と音楽がミックスされることで、さらにパーティーの雰囲気は盛り上げられる。一人のDJの持ち時間は、普通は、2〜4時間で、複数のDJが交代してプレイしていく。早い時間のDJは、BPM(Beat per Minute、一分間の拍数。テンポ)が遅くテンションの低い楽曲でプレイを構成して、徐々にフロアの雰囲気を高揚させていく。深夜1〜2時頃メインのゲストDJが登場する頃に音楽の、そしてクラバーのテンションがピークに達するように、照明やVJ、スモークの効果も含めてパーティーはつくられている。
開店直後のフロアは、ほとんどの場合、テック・ハウスやディープ・ミニマムといったサブ・ジャンルのテンポが遅くテンションの低い音楽が用いられていて、人影はまばらで、そういった音楽や雰囲気が好きな人たちが、音楽に合わせて軽く体を動かしている。24時ごろを過ぎると、客が本格的に入り始め、メイン・アクトのDJやアーティストが登場する1〜2時ごろには、週末のパーティーや著名なDJの出演するパーティーでは、フロアは満員状態になる。ピークに達した音楽や照明に合わせてクラバーたちは激しく踊り、知らない人ともハイタッチをしたり歓声をかけ合ったり、といったかたちでコミュニケーションがとられる。
ヒップホップやレゲエ、パラパラといったジャンルのクラブと違いテクノのクラブでは、特定のファッションが存在せず、特にファッションのコードやスタイルがあるわけではない。テクノやハウスのパーティーではいわゆる「クラブ・ファッション」を身にまとった「ギャル」や「クラバー・キッズ」[宮台、1998:142-144]は目にすることはない。むしろ、彼らにとってテクノのパーティーの後述するような雰囲気や音楽は嫌悪の対象になる。また、クラブのフロアは冬でも暖房が効いていて、激しく踊って汗をかくので、上着やセーターなどを脱いでロッカーにしまって、Tシャツや長袖のカットソー、半袖シャツ、キャミソールにジーパンやギャバジンのパンツ、ミニスカートといった軽装になる。踊りにくいので、ほとんどの人が足下は重たいブーツやミュール(女性用の華奢で装飾性の高いサンダル)は履かずにスニーカーを履いてくる。クラブは、「おしゃれな人がさらにおしゃれをしていく場所」ではない。クラバーは日常においても地味な普通の人であることが多い。彼らの職業は、私の知る範囲では、大学生や一般の会社員がほとんどで、美容師や高校の教員、ライターといった人たちもいる。
クラブには、一人で来る人もいるし、カップルや3〜4人の同性のグループ、5〜6人の男女のグループ、様々なかたちでやって来る。一人で踊っていても恥ずかしくはないし、グループで来ても離れて一人で踊る人も多い。欧米を中心に様々な国籍の外国人が、必ず数人はいて、日本人よりもさらにフランクな雰囲気でコミュニケーションをとろうとする。おそらくお互いに面識がない、またはそのクラブの常連の外国人のグループがラウンジでドリンクを飲みながら語り合っている光景をよく見かけるが、一人で来ている中年の外国人の姿を目にすることもある。あか抜けない服装や美容院(ヘアサロン)ではなく理容室(barber)で切っている髪、ノリが足りない踊りやぶつかった時に体が重たいことで見分けがつく、オタク系の人が必ず数人、フロアの両端の前方で踊っている。それは、フロアの中央の前方とは違い過剰なコミュニケーションに巻き込まれず、スピーカーの前なので、「音楽を聴きにきている」と思われやすい場所だからだと思われる。
集まるクラバーの年齢層や階層、職業、男女比、面識のない人と盛り上がる雰囲気か、服装が比較的おしゃれかどうか等は、クラブ(がある地域)や曜日、祝日かどうか、出演するDJの音楽性や知名度、スポンサーがついているパーティーでゲスト(DJや関係者の友人や知り合いで無償で入場できる客。フロントであらかじめ登録してある名簿で名前を確認し、入場する。)が多いか?などによって異なる、だが、それらに明確な区別はない。
また、近年の都心のクラブは入場時のIDチェックがかなり厳しく、20歳以上でかつ写真付きの身分証明証がないと本当に入場することができない。以前は高校生でもばれなければ入場が許されるクラブがあったが、現在ではそういったクラブは都心ではほとんどない。
そういったこともあって、若い世代がクラブやクラブ・カルチャーに参加する時期が遅れたり、門戸が狭くなっている一方で、30代でもクラブに通い続けている人もいて、クラブ・カルチャーのあり方が変容しつつある。